Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “春もいろいろ”
 


季節の変わり目という頃合いは、
次の季節ならではな気候が落ち着きを見せるまでに、
結構 時間が掛かるもの。
長々と居座った寒気が妙な癖でもつけて行ったせいで、
何とはなく収まりが悪いのを
最初からやり直してでもいるものか。
暖かいどころか汗ばむほどの陽気にまでなったはずが、
あっと言う間に冬まで逆戻りすることだってあり。

 「特に 春めいての暖かくなるのは、
  寒かった間からずっと待望していたことなだけに、
  それがひるがえるのは尚のこと堪えますよね。」

何でも、梅も桜も届いてはいた東方の地で、
そこまでの春が来ていたにもかかわらず、
昨日はなんと、積もるほどの雪が降ったとか…と。
こちらもこの二、三日は急な寒の戻りで震え上がった、
京の都の場末のあばらや屋敷。
今日は陽も差してのそこそこ暖かい
広間前の濡れ縁で、薬草の整理を手掛けていた書生くんが、
何とも由々しきことですと、いやに具体的な例を出したので、

 「大路の市に来ていた商人が話してでもいたか。」

いよいよの春とあって、
辻のところどこに簡単な店を広げる市が立っての賑わってもいる頃合い。
そんな場で聞いた四方山話かと思うたのだが、
それにしたって“昨日云々”とは随分と早い情報だ。
ここからは幾つもの山や湖を越えねば 風さえ香らぬ遠い地の話、
一体 誰から訊いたのだと、師匠である蛭魔が何げに問うたところ、

 「進さんのところへ飛んで来た“風見鳥”が。」

そこまでは案じるように やや曇っていたお顔を一転させ、
にゃはーと屈託なく笑った瀬那が口にしたのが そんな一言。
屋根の上へ設置され、風の方向を示して回る“風見鶏”ではなく、
風の中に紛れている小さな小さな鳥妖のことで。
個体別の意識が立っているのかどうかも不明という、
風が具現化しただけなような存在であり。
小さきものなだけに微かな代物ではあるが、
それらが漠然と見聞きして来たらしき風景やら物音なぞを、
咒で引き出して再現させることが出来るとか。

 「何だ、あやつもそのようなものを使うのか。」

進というのは、結構な地力を持つ武神で、
そういう素養か、それとも そも出会う宿命ででもあった者同士であったか、
物心つくかどうかというほどの幼い頃から、セナの傍に居たそうで。
意志の疎通が適わぬまま、
やや強引に守護を担っていたことで、少年を困らせていた荒神だったが、
咒力の強い蛭魔がそれと見極めたことで、
今は順当な 語りかけなり働きかけなりをし合っている彼らであり。
よくよく気が回り、ついでに気を遣う性分のセナを、
さんざん困らせたほどに、いかにも剛直な武神殿。
よって、遠隔地のことなんぞに関心があるようには見えぬのになと。
心底意外だったか、
日頃は鋭いほど切れ長な双眸を、
おやと大きく見張った蛭魔だったものの、

 「時々 呼んでおいでですよ?
  明日のお天気はどうだろかとか、
  能登からのお魚の荷は今どの辺りかなとか。」

訊くとすぐさま教えて下さいますしと、
特に不思議でもないことのように言う書生くんだったれど。

 「ほほお。」

そういや、進の場合は人あらざる存在なのだから、
自身の感覚の先をずんと遠隔まで延ばすことも容易いに違いなく。

 “宙を舞う風の香りなんてな曖昧なものを拾うより、
  そうやって直に探った方が早いはずだもんな。”

風見鳥というのは建前で、
実は自身の耳目でいちいち確認してやがんだろうに。
それをさも、可憐な小鳥が運んで来たなぞと誤魔化すとはと。
可愛らしい御主へ彼なりの仕えようをしている武神殿なのへ、
やあ微笑ましいなと苦笑が止まらぬ蛭魔であったりし。
とはいえ、

 「?? どうしましたか?
  何だかお腹が痛そうなお顔ですが。」

 「何でもねぇよ。」

セナ本人へまで素直な心情 滲ませた笑顔を見せたくなかったか。
誤魔化したそれが、とんと微妙な表情になってしまったの、
指摘されても適当な言いようで返す 困った師匠殿だったので、

 “どうせ気を遣うのなら、
  何でもない顔の方も徹底させればいいものを。”

実(まこと)しやかに嘘八百を並べるときほど、
そりゃあ見事な素知らぬお顔を通せるくせに。
こんな他愛ないことへのそれは
こうまで下手くそなのだから始末に負えぬと。
そんな臍曲がりな御主から命じられていた
少々遠出の薬草摘みを果せて来た黒の侍従殿が、
蛭魔の不器用なところを見かねてか、
胸のうちで こそりと呟いていたりして。
それこそ気づかれぬようにと気を配ったはずだのに、

 「?」
 「何でもねぇよ。」

他人のこういうことへは何故だか聡い術師殿から、
怪訝そうな眼差しを飛ばされ、
肩をすくめて見せた彼の後から、

 「さぁさ、少しお手をお休め下さいませな。」

賄いを担っておいでのおばさまが、
庫裏から高脚つきの膳を運んでおいで。
とたとたという歩みの足元お膝へ
小さな仔ギツネ坊やをまとわりつかせてもいて。

 「はぁく、はぁくvv」

先へ行ったり 後になったり、
時々背伸びをしてまで、掲げられた膳を覗き込もうとする辺り、
小さなくうちゃんには、たまらぬ御馳走ででもあるものか。
早く食べたいと急かす様子も、
いかにも幼い駄々こねなのが何ともかわいらしいけれど、

 “だが、焼き魚の匂いはせぬが。”

蛭魔や葉柱という大人たちが はてと小首を傾げておれば、
ささどうぞと降ろされた膳には、
それこそキツネの毛並みを思わせる色合いの、
平たい焼き菓子のようなものが、牌のように幾枚も並べられており。

 「これは?」

見たことのないもの、
でも このおばさまが怪しいものを供するはずはなく。
くんくんと香りを嗅げば、
軽く炙ってあるものか、香ばしい匂いと醤(ひしお)の匂い。
そこまでしか判らなくってと、セナが降参して尋ねかければ、

 「厚めの湯葉をね、少し多めの油で焼いて膨らませてみたのですよ。」

油を切ったそれを、今度は炙って醤を軽く振ってみましたと仰せなの、
どらと、まずは蛭魔が手づから摘まんでぱくり。

 「おお、面白い。」

かりりという歯ごたえの下にしっとりした生地が待ち受け、
油の香ばしさにくるまれた、
湯葉の豆の風味と 醤の塩辛さが丁度いい案配で口へと広がる。
美味いぞ食ってみよとの目配せへ、
書生くんや仔ギツネさんも“わぁいvv”とご相伴。

 「あ、ホントですねvv さくさくしてますvv」
 「おーしーvv」

お子様がたへは、
ちょいと贅沢だが きび砂糖から煮出した甘い露を掛けてから
丁寧に念入りに煎ってあるとかで。
さしづめ、変則的な お煎餅かカリントウというところでしょうか?

 「しかし、油とは。舶来のものか?」

くどいようだが、無い訳ではないながら、
まだまだ そうそう手軽に手に入るものではない時代。
灯明へ優先して使うほどのそれを、
なくてもよかろう料理へ使うとはと。
景気のいい話だと思うたか、
くすすと笑って訊いた蛭魔だったのへは、

 「いいえ、ご領地からお届けいただいたものですよ?」

ふっくらとした笑顔にて、おばさま けろりと応じてくださって。
暖かいが雨が少ない土地柄なので米までは作れぬ。
そこでと、春先は菜の花、その後は大豆をたんと作っていなさるところへ、
花の芽もいいが種を乾かしてからぎゅぎゅうと絞ってみよと、

 「お館様がお言葉添えをなさったの、
  実行してみたのだそうで。」

 「おや。」

おやおや、もしかして、
言った当人は覚えていなかったのだろか。
桜も去ってのじきに初夏。
新緑の目映さに包まれる溌剌とした季節がやってくる前に、
ちょっぴりのほほん、
のどかに過ごす、ご一家だったのでありました





   〜Fine〜  13.04.23.


  *豆腐とか納豆とかいった大豆加工食品は、
   平安以前の結構早い時期に登場していたと思うのですが、
   果たして油揚げはどうだったんでしょうね。
   油で揚げるという調理法自体は、
   最も古い甘味に
   お供えものの揚げ菓子があったそうなのですがね。

   「キツネといえばお稲荷さんと連想されるようになったのは
    何時からなんでしょね。」

   「…あのな。
    先に“稲荷神社のお使いがキツネだったから”があっての、
    油揚を稲荷と呼んでるって順番なのだぞ?」

   「え? そそそ、そうなんですか?」

    じゃあ、
    キツネはそもそもからして油揚げが好きなんですね。

    だが、油揚げってのは
    自然にそこいらへ生えてくるもんではないぞ?

    あれれぇ?

   「さてはお前、アホだろう。」
   「そんな言い方するの やめて下さいよぉ〜。/////」


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